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ニコニコキッズ 伴野 プロフィールと想い

プロフィール


ニコニコキッズ 講師 伴野 悠佳(ともの ゆか)

幼少期の体験から「人間不信」で育ち、いつも死にたいと思いながら大人になる。

大学院卒業後、SEになるもなかなか成果が出ず「あなたは全然考えていない」と先輩から言われ、「自分の頭で考える」ことについてずっと悩み続ける。

IT企業ならではの激務が続き、退職。

2011年より、プロコーチの中城卓也氏のアシスタントとして、セミナー運営および集客を担当。

その後、出産のため一時休業する。

この頃から、自分の子供に考える力をつけさせたいと多重知能理論、モンテッソーリ教育、哲学、心理学、算数、社会(政治、経済、歴史)、言語技術などを学びはじめる。子供達を熱心に、社会に通用するように育てている素晴らしい先生方から教えを受け、考える力についての探求をする。

2016年から、小学生以上の子供達の考える力をつけるにはどうしたらいいか?を探求するためプログラミング教室運営会社に入社し、教室の立ち上げを任される。入社後わずか1年半で、カリキュラムを作成し2教室を出店。

2018年1月に営業塾で助け舟株式会社の中西に師事。

2018年8月に退職し、独立。ニコニコキッズ を立ち上げ現在に至る。



想い

はじめまして。ニコニコキッズ と伴野悠佳と申します。

私の話を少しさせてください。


私は子供の頃、頭がいいと言われていました。

高校入試では首席で入学。高校時代の模試では、全国で1桁の順位をとったこともありました。

大学院の入試でも再び首席で入学。


ですが、IT系のベンチャー会社に入社したあと先輩にこんなことを言われてしまうのです...


「あなたは全然、考えていない」

一体、何を言われているのかわかりませんでした。

「じゃあ、正解はなんなの?」

みんな忙しそうで、誰も答えを教えてくれません。


じゃあ、もっと勉強したらいいのかな?

IT系の資格をたくさんとりました。

12-3個ぐらいはとったんじゃないでしょうか。

それでも「考えなさい」「考えなさい」と言われ続けました。


忙しい会社でしたから、

なんとか仕事の「量」でカバーするようになりました。

毎日、深夜までの激務。

36時間連続勤務もザラでした。



ある日突然

「・・・もう、体が動かない。立ち上がれない。」

ふとんから起きあがれなくなり、

そのまま会社を辞めました。



子供には同じ思いをさせたくない

そんな私も、母になりました。

その時、決心したことがあります。

それは「自分の頭で考えられる子に育てる」です。


それまでも、たくさん勉強してきましたが、

周りから「教育オタクだね」と言われるほど、

子供にとって何がいいのか?を探し続けました。


たくさんの素晴らしい教育法に出会いました。


I先生から、ハーバード式×モンテッソーリ教育を

K先生からは、クリティカルシンキングを

M先生、A先生からは、哲学、言語技術、社会(政治、経済、歴史)のことを

S先生からは心理学を 教えていただきました。

また、助け舟株式会社の中西代表からは

「論理」と「PDCA」という

大人でも子供でも理解できて

成果がでる方法を教えていただきました。




各先生から、素晴らしい教えをいただき

「こんな素晴らしい教えがあったなんて、

 自分の子供たちはもちろん、近所の子供達にも、

 いやもっともっとたくさんの子供たちに伝えたい!」

と思いました。


運良く、中西代表から声をかけていただき、

営業塾のみなさんのお子さんたちを中心に、

このニコニコキッズ を始めることができたのです。


もう1つの原点・・・

それから、私にはもう1つの想いがあります。

それは、私が「愛着障害」だったことです。


私は子供の頃、母にほとんど抱っこされずに育ちました。


父は教育に厳しい人でした。

年長さんの年末のことでした。

父が出す年賀状(100枚以上はあったと思います)の

宛先を書けと言われました。


まだ漢字もろくに知らない私が

住所や相手の名前を書くのは大変難しく、

一生懸命書いたのですが

・・・どうしてもうまく書けません。


「字が汚い!間違っている!」と

父から容赦ない罵声がとび、

頬をなんどもぶたれました。


「怖いよ。もう終わりにして欲しいよ。」

涙がポロポロ止まりませんでした。


両親からの愛情を感じることなく育ってしまった子供は

「愛着障害」という心の問題を抱えてしまいます。


大人になってからも

他人との距離感がおかしくなってしまうのです。


感情を殺すことを決めた6才のあの日

今でも忘れないことがあります。

その日も父にぶたれて、一人部屋で泣いていました。


泣き疲れて目の周りがピクピクと痙攣していました。

その時です・・・ふとあることを思いつきます。


「私が泣くからこうやって叩かれるんだ。

 それならば、私はもう痛みや悲しみを感じないようにする。

 もう 私は、絶対に絶対に 痛いと言わないんだ!」


そう決意すると、本当にそうなりました。


それからほどなくしたある日のこと、

夕飯のとき熱い味噌汁を

うっかり足にこぼしてしまったことがあります。


さっきまで鍋でグツグツしていた味噌汁は

ものすごい熱さです。

普通なら「熱い!」と飛び上がるところですが

そんなこと言えば、また父に叩かれます。


執念とも言えるほどの意志の力で、平静を装いました。



そうやって、6才の私はどんどん自分の感覚と感情を殺していきました。




熱い、痛い、悲しい、寂しい・・・

そういった負の感情を殺していくと


楽しい、嬉しい、心地いい・・・

プラスの感情も一緒に死んでいきました。


そして、「怒り」だけが残った

やがて、弟が2人生まれます。

両親の関心は、弟へと移っていきます。


私はできるだけ両親に関わらないよう

全てを完璧に一人でこなすようになります。


でもその裏では父や母や同じ学校の友人へ

怒りを募らせていきます。


「大嫌い。大嫌い。大嫌い。みんな大嫌い。

 みんな、死んじゃえ。」


小学校の卒業アルバムは

友人の顔をマジックで黒く塗りつぶして

捨ててしまいました。



全ての他人を憎みながら、

世界の全てに怒りを燃やしながら、

未来に希望ももてず、ただ虚しく生きてきました。


青春時代なんて、ありませんでした。

リストカットしたり、夜の街を徘徊したり。


「こんな私なんて、生きている価値がない」

「生きるのが苦しい。

 早く死んで、楽になってしまいたい」

という絶望と

「でも・・・寂しい。一人で死にたくない」

生きることへのわずかな執着の間で、

たったひとり世界の底辺でのたうちまわっていました。


夢も希望が全くなく「やらなければいけないこと」だけを、

ひたすら歯を食いしばってこなしてきました。


本当に、空っぽの人生でした。



「愛着障害」の克服

ずっと苦しんできた私は、コーチングや心理学を学びました。

ずいぶんお金も突っ込みましたが(笑)

自分の「愛着障害」をついに克服することができたのです。


まずは、自分の怒りを許しました。

怒りの奥に隠れていた悲しみや

価値観の歪みや

認識の歪みを

ノートに1つ1つ書き出し、

「それは本当に正しいのか?」

「疑う余地があるのではないか?」お

自問自答しながら

心の問題を書き換えていきました。


そして、気がつかないうちに

他人と接することの苦痛が消え

自然体でいきられるようになったです。



だから私は

だから、もし私と同じように

両親からの愛情を感じられなかったり

学校でうまく馴染めなかったりと


「言葉にできないけど、

 理由がわからないけど

 とってもつらいよ、苦しいよ」と



そんな風に感じている子供たちがいるのならば、

早く出会って救ってあげたい。


他の人と当たり前に、青春を謳歌して欲しい、

楽しんで欲しい、幸せになって欲しい、そう思っています。


だから、私と同じように

1.子供たちに考える力をつけさせたいと思っているお母さん方へ

2.今、子供たちが「生きていて幸せ」と思って欲しいお母さん方へ


そして、かつての私と同じように

1. 考え方がわからなくて困っている子供たちへ

2. 自分の思いを素直に出せる場所を探している子供たちへ


私が、たくさんの素晴らしい先生方から教わり、

学び、自分と自分の子供で実践してきた内容を

皆様にお返ししたいと思っています。



皆様が、笑顔で毎日を過ごせますように。



伴野悠佳

伴野悠佳

ニコニコキッズクリエーター。一児の母。子供向けプログラミング教室講師。学習塾講師。教員だった両親の影響で小学生の頃から教育書を読み漁る教育オタクだったが、出産を気に「教育ヲタ」まっしぐら。「自分のアタマで考えられる子」「生きる力を身につけた強い子」を育てる活動をしています。

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