営業塾 助け舟 スタッフ
安藤青夏(あんどう はるか)

私が「営業で売れたい」と言うと

みんなが笑った。

でも、それから3年後…

あなたの数字、全然足りないし、

 

そんなんじゃ売れるわけないでしょ。

 

毎日、毎日

 

朝礼が終わってから詰められる…

 

上司の表情からは

 

「仕方なく、あなたと話してあげてるのよ」

 

「アドバイスしてあげてるのよ」

 

と聞こえてきます。

 

威圧的な態度の上司が

 

次に聞いてくるのは

 

「今日は何枚、提案書配るの?」

 

「今日は何枚、アンケート取るの?」

 

「次の査定は大丈夫なの?」

 

「…がんばります」

 

私は下を向きながら、

 

声を絞り出すので精一杯でした。

 

「今日どこ行くの?誰に会う予定なの?」

 

機嫌の悪い上司からの質問は止まりません。

 

これ以上、怒られないように、

 

上司にお客さんの名前を1人1人伝えていくと、

 

他の先輩たちが寄ってきます。

 

「あ!その人知ってる。一緒に行ってあげるね」

 

行き先に困っている先輩が、

 

横取りしようとしてくる毎日

 

「本当は名前しか知らないくせに…。」

 

これが、

上司や先輩との毎日の恒例でした。

手取り4万円じゃ生活できない…。

なんとか状況を変えたい。

 

 でも、どうすれば…

 

私には当時1歳半になる娘がいました。

 

本当にギリギリの生活で、

 

 好きなお菓子も、おもちゃも買ってあげられない。

 

スーパーやコンビニのお菓子売り場には行けません。

 

女の子だから、やっぱり可愛いくしてあげたいけど

 

 お洋服は全てお下がり。

 

洗濯しても、お下がりはお下がり。

 

あの子みたいに綺麗なお洋服を着させてあげられなくて、ごめんね。

 

絵本も鉛筆もノートも買ってあげれませんでした。

 

おじいちゃんの家でもらう広告紙の裏に無邪気に落書きする娘

 

どれだけ財布の中を見ても、

お金はありませんでしたので

 

スーパーでは値引き品しか買えません。

 

ご飯もおかずの一品しか出してあげれず

栄養も満足に摂らせることができない。

 

ごめんね。ごめんね。

ママ、頑張るからね。


 

1歳半の我が子の顔が見れなかった。

先輩や上司に帰社後も19時過ぎても詰められ、

 

保育園に迎えに行くのは、いつも私が最後でした。

 

先輩や上司には

保育園のお迎えは19時15分までと伝えているはずなのに…

 

ある日、

 

保育園の明かりが全て消え真っ暗になっていたことがありました。

 

電気が消えた保育園の前で、

 

1歳半の娘が先生と雪が降る中

 

私の迎えを、ほっぺたと手を真っ赤にして…

 

震えながら立って待っていたのです。

 

まだ、よちよち歩きがやっとなのに…

 

車の中から見た光景がショックでした。

 

我が子が我慢し

私を待っている姿を見つけた瞬間、

 

涙が止まりませんでした。

 

無我夢中で駆け寄り

 

「ごめんね。ごめんね。」と真っ赤になった小さな手をさすり、

 

抱きしめながら、声を殺して泣くことしかできません。

 

私を見て泣き出してしまう娘

 

「泣かないで。泣かないで。」

 

娘に泣きながら伝えました。

 

娘の泣き顔を見ると心が痛く

 

心臓をギューと掴まれているようでした。

 

その日、2人で泣きながら帰りました。

 

帰るとまた、少ないおかず一品のみの夕食

 

毎日、娘に申し訳無さ過ぎて

 

1歳半の我が子の顔が見れませんでした。

 

毎日、辛くて悲しくて

 

子供と笑えない。家族で笑えない。

 

いつになったら、笑えるのだろうか…

 

できることなら、売れるようになりたい。

 

娘にお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたい。

 

娘の幸せを何度、泣きながら考えたことか…

 

明日が来なければ良いのに…

 

不安で寝れない日も2日に1回ありました。

 

できない理由も沢山、数えました。

 

 

 

でも、売れたい。

 

この状況を変えたい。

 

その願いが神様に届いたのか

 

寒い雪の中、娘を待たせてしまった

あの日から

 

私の営業人生が変わってきたのです。

 

ただの偶然かもしれません。

 

もしかしたら、

 

見るに見かねた神様が

 

「困った母親だな…仕方ないなぁ」と

縁を繋いくれていたのかもしれません。

中西に相談したあの日

泣きながら2人で帰った30分後には

 

営業塾助け舟の中西に相談の申し込みをしていました。

 

実は1年以上前から営業塾 助け舟のブログや動画を目にしていたのです。

 

そして、相談当日を迎えました。

ドキドキしながら中西さんからの電話を待ちました。

 

・・・

・・・

私の状況を一通り伝えたあと、

 

「君の状況は正直、僕には責任を負えない。

一度営業職をやめて、時給制のパートで稼いで環境を整えた方がいいよ」

 

長い沈黙のあと中西の口から出た一言がこれでした。

 

私のあまりに困窮した状況に、

「営業を辞めてパートをしろ」というアドバイスを頂いたのです。

 

そうです、営業を教えることを断られたんです。

それどころか、営業をやめろと言われました。

 

その瞬間、私の中で沸々とある想いが込み上げてきたのを

今でも鮮明に覚えています。

 

「子供との時間を確保するためにこの仕事に就いたのに・・・

自分は何をやっているんだ。

 

ここで自分が変わらなかったら、どこに行っても同じなのでは?

 

そこで、自問自答を繰り返し、私がとった行動は

 

旦那が帰ってきた瞬間に「話がある。座って欲しい」と伝え

 

お給料が4万になっている事実、

営業のやり方が分からず、成績が挙げられてない事実

子供のお迎えが時間内に出来てない事実、

仕事と家庭の両立ができずに苦しい現状

 

を話しました。

 

そこで出た言葉が「やっぱりな」でした。

そこで「私はここで変わらなかったら一生転職をし続ける人生になってしまう。だから、ここで変わるチャンスをください」と頭を下げていました。

 

そして、ずっと助け舟の動画を見ていたこと。を伝え、中西さんから営業のやり方を教わりたい。ここで最後のチャンスとして一度チャレンジさせてほしいと。

 

旦那も考えた末に、「わかった。成功しなかったら営業をやめてくれ」と言われました。

 

最後のチャンスをと翌日すぐに中西さんに電話を掛け

「昨日、再度考えて直し、やはりここで頑張りたい」と伝えると

 

中西からの言葉はNOでした。

 

しかし、ここでチャンスを逃したら自分の人生が…

藁をもすがる思いでもう一度電話を掛けました。

 

3度目の電話にて「そこまで言うなら、頑張ってみな」と入塾することができました。

 

そこから、課題を伝えてもらい無我夢中に取り組みました。

このトークを明日、伝えておいで。

アドバイス1カ月目で7件のご契約

 

「私にご契約を預けてくださる方がいらっしゃるんだ。」

 

嬉しくて嬉しくて、

やっと娘の顔を見て笑えました。

 

アドバイス2カ月目には

 

ご飯と汁物とおかずをお腹いっぱい食べれるようになりました。

 

子供が「ママこれ食べたい」という物を

時間をかけて週末に作るようになりました。

 

この頃から、

やっと家族で笑えるようになりました。

 

お風呂でも

歌を歌える毎日が始まりました。

 

3カ月後には紹介27件

 

娘が大好きなドライブにも連れて行ってあげるようになりました。

 

あれだけ、娘にねだられていた

塗り絵、折り紙、色鉛筆をやっと買ってあげることができました。

 

まだ、うまく喋れない娘が初めて

塗り絵、折り紙、色鉛筆を両手でぎゅっと抱きしめながら

 

初めて

「うれしい」という単語を喋ってくれました。

 

その時の娘の本当に嬉しそうな笑顔を今でも忘れることができません。

 

アドバイスの1年後に支社で2位になれました。

 

モヤシやニラ等、安い野菜だけではなくお肉や魚などのおかずが増えました。

 

子供に大好きだよと伝え、ぎゅーっとハグする余裕がでてきました。

 

子供の話を真剣に聞く余裕が増え、

子供の笑顔が増えました。

 

仕事が怖くなくなり、楽しいと感じることが増えてきました。

 

2年後には山形で2位になれました。

 

少しずつ貯金が出来るようになってきました。

    

無視されていた人からも、会社で声をかけてもらえるようになってきました。

 

家族で栃木県に初めての旅行に行くことができました。

動物園にも行けました。

遊園地にも行けました。

 

純粋に娘の誕生日を祝えるようになりました。

娘が好きな卵焼きや、お肉(牛タン)にんじんの甘煮、ケーキ、プレゼントと用意することが出来るようになりました。

    

クリスマスには、子供の欲しいおもちゃを買ってあげることができました。

 

3年後には山形で1位、東北で5位に

 

県で1位になってから違う支社の人から話かけられることが増えました。

 

お客さまの方から仕事のお声をかけていただけることが増えました。

 

長期休みの時には、娘が大好きな遊具が沢山あるぴょんぴょんランドやワクワクランドに連れて行ってあげることが出てきました。

 

娘が「絵をもっと上手になりたい」と言ってきたので絵画教室を探し、通わせ

娘のやりたいことを応援することが出来るようになりました。

 

掃除用品も使い捨てを買えるようになって、掃除の手間を減らすことが出来るようになりました。

 

二児を授かることが出来ました

だから私は

私がこのような生活ができるようになったのも、子供との時間を大切にしたい。あんな惨めな思いは絶対にさせたくないとの思い、ここで人生を終わらせたくないと自分を奮い立たせたことがきっかけだったような気がします。

 

ここで諦めたくない自分がいたから

 

そんな気持ちが少しでもあるあなたに少しの勇気と覚悟があれば世界を変えることができるということを伝えたい。

 

家族で幸せをかみしめられる現実があることを知ってほしい。

 

そして、あなたの周りが大好きな人で溢れるそんな世界を知ってほしい。

 

今では保険営業以外でも、営業であれば、明日の生活が心配になることもなければ、売れるかどうか心配になるということもないと言い切れます。

 

本当に頑張ってよかった。

 

そして、今は助け舟株式会社で働き、同じ悩みを抱える塾生さんの話を聞いて

 

1仕事と家庭の両立

2子供とのコミュニケーション

3塾生さんの仕事の目標の達成

 

を日々一緒に考えています。


 

時間がないから頑張れない

子供が小さいから諦める

家庭と仕事が両立できないから、営業をやめる

営業のいろはも分からない

今まで主婦だった

営業の経験がない

 

そんな方に、、、、

 

昔の自分の苦しみが1人でも多くの方の力になれますように。

 

自分と同じ境遇で頑張っている方の力になれますように。

 

今まで教わったことをみなさまにお伝えしたいと思っています。

 

どうか、みなさまが大切な方と笑顔で過ごせますように。


 

このような、体験を通し、私にできることは、同じように苦しんでいるお母さんたちの1つでも多いSOSに答えること。

 

中西先生をはじめ沢山の方々と出会わせていただいたこの塾でそんな方々と出会い応援させて頂きたいと思いました。